社長ブログ
2018年12月8日
未来
未来に自分が向かっているわけではなく、未来は向こうからやってくる。
未来に行きたくなくても未来が自分に向かってくる。
誰も未来から逃れることはできない。
「私は若返っている」と豪語する人もいる。
そう思いたい気持ちは分かるが残念ながら過去に進める人などいないのです。
学生の時は未来を知っていた。
2年生になれば卒業まであとどれくらいの時間しか残っていないのかは全員が分かっていて、その時間を意識をして学生生活を送っています。部活をやっていれば、最後の大会は優勝したいねって練習に励んだり、卒業後に遠方に離れてしまう好きな人がいれば卒業式までに自分を磨き告白する準備をしたり、必ず来る卒業に備えた行動を取るのです。
就職をすると社会人生活が始まるのですが、多くの人が未来を考えなくなります。
長い長い社会人生活が続くと思うわけです。
3年しかないと思うのと30年もあると思っているのでは行動が変わるのは当たり前です。
今世の中で不安を抱えている人が多いと聞きます。
マイルドな絶望感が漂った世の中と言う人もいました。
未来が必ず来ることを知っていながらそれを直視しなければ不安は募ります。
歳をとりますから。
自分の身の回りのものが一つ一つ無くなっていくのです。
身内や家族であったり、自分の身体の自由であったり、能力だったり。
そんな不自由な未来を直視するとはどういうことでしょうか。
いまを精一杯生きようと努めることではないだろうか?
いまを精一杯生きている最中、感じられることは未来への希望です。
精一杯やった結果に自分はどうなるかを想像してダメな未来と良くなる未来、どちらをたくさん感じるだろうか?
想像したらすぐに分かります。
自分の未来を作っているのは会社ですか?社会ですか?上司ですか?親ですか?
何かに依存や期待をするということは不安を抱くということです。
自分ではどうにもならない何かに自分の未来を預けるということですから。
自分の力によって未来を創る。
それが不安を抱えながらも、希望を増幅させる方法です。
会社が守ってくれなかった、社会が守ってくれなかった、上司が守ってくれなかった、そんなことはすべて言い訳。
人生の終わりにそんな言い訳を言っている自分を想像してどう思うだろう?
俺はよくやった。
何一つ悔いはない。
十分自分を高めたし、家族や仲間と過ごしたあの日々はかけがえのない素晴らしい日々だった。
大変なこともあった、悔しい思いも悲しい思いもした。
だが晴れ晴れするこの気持ちが自分の人生の結果なのだと思うんだ。
未来はこちらに進んでくる。
この変えようのない現実世界で素晴らしい人生を生き切るのは「自分の最善」を純粋に果たすことだ。
年末という節目になるとこんなことを考えることが増えてきます。
新しい来年の手帳に自分の最善を記載します。