広報ブログ
2020年7月30日
借物

いつの日か 自分の人生にも終りがくる
それは 明日かもしれないし 50年先かもしれない いつ終わるかは分からない
そして 死んでこの世から持っていける物はなにもない
結局は 自分の物など何一つないということなんだよな
自分の物だと ただ思っていただけ
もしも 自分の物ならば 土地も 家も 車も 貯金も 肉体も そして 奥さんや愛人 子供も天国に持っていけるはずだ
でも 何一つ持っていくことができない
全ては この世にいる間の借物で 奥さんや愛人 子供や孫は ただ そばにいてくれていただけ 一緒に大切な想い出を作ってくれただけ
形あるものは 何一つ持っていけない
金銀財宝を持って あの世にいったという人はいないもんな
肉体を離れ天国に持っていけるのは 形のない想い出だけ
いくら欲張っても この世の物は置いていくことになる
想い出には 二つがある
一つは 人に与えた喜び
もう一つは 人に与えた悲しみ
この喜びと悲しみは この世に生きている人たちの心の中にもずっと残る
人を傷つけたり おとしめたりしたら やりきれない悲しみや憎しみが残り
人の幸せのために尽くせば 喜びや感謝の念が残る
だから 形や物に執着しないで目に見えない『思い』や『嬉しい気持ち』を見ようとすると 何が大切なのかが見えてくる
形あるものは この世で自分と周りを幸せにしたり 不幸にしたりする小道具のようなもんだろうな
お金も才能も使わなければ 持ち腐れになっちまう でも喜びのために使えたら 悔いの残らない人生になるよな
いい家つくろう
ジャージー斉藤